右~左~右 その9

今日のお話です
どうぞご覧ください

右~左~右 その9

1978年7月30日午前6時
沖縄の交通史を大きく変える瞬間が訪れます

それが「730(ナナ・サン・マル)交通切替え」

この日、沖縄ではすべての車が
一斉に右側通行から左側通行へと切り替えられました

標識はおよそ20万枚、信号機は約1万基
道路案内板やロータリーの進行方向
さらにはバスのドア位置までも
すべてを一夜で入れ替えるという
大規模な国家プロジェクトでした

「OKINAWA GOES LEFT(沖縄は左へ!)」
街の至るところにこのスローガンが掲げられ
警察官、自衛隊員、ボランティア
市民までが総動員され
約6時間で交通体系そのものを切り替えました

この「730」は
単なる交通制度の変更ではありません
それは、沖縄が再び“日本の一部”として
完全に帰った日でもありました

戦後33年ぶりに、沖縄の車も、人も、道路も
「左側通行 × 右ハンドル」日本の基準に戻ったのです

混乱はありましたが、大きな事故もなく
この切替えは“奇跡のような成功”と呼ばれました

その後、沖縄の交通網は
本土と同じ基準で整備され
今では「右側通行の沖縄」を
知る人はほとんどいません

「730」は、ただの交通ルール変更ではなく
主権を取り戻した日として
今も人々の記憶に刻まれています

私が実際に目にした
尻手黒川道路と東急東横線の入れ替えも
まさにそれを思い出させる出来事でした

2006年の夏
昨日まで地上を走っていた電車が
翌朝には高架の上を走り
その下を車が走るようになりました

一夜で上下が入れ替わったその瞬間を
遠くから眺めていましたが
綿密に計画された作業はまさに圧巻でした

たった一晩で、沖縄中の標識や信号
バスのドア位置までも切り替えた
「730交通切替え」は
私が見た高架の切替えなど
比べものにならないほどの
規模と緊張感だったと思います

やはり日本人の技術と段取りの力は、本当にすごい

出典、参考
内閣府沖縄総合事務局
「沖縄の730(ナナ・サン・マル)」特設ページ

国土交通省道路局『日本の道路交通制度史』

最後まで読んでくださって
ありがとうございました

ではまた明日

今日も素晴らしい
1日になりますように

田中健介

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